京型紙 江戸後期〜大正 デザインと技

シンポジウム

KATAGAMi Style 記念シンポジウム「現代に生きるKATAGAMI」に登壇しました(2012年9月23日三重県立美術館)

シンポジウムの様子

講演内容

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京都から参りました三好と申します。
江戸後期より小紋の染を行い明治に中断はありましたが祖父が大正期に再興して今まで着物の染を行って参りました。
元は着尺屋でございましたので、今は商いが小さくなってしまって、全く取引が出来ませんが以前は伊勢の型紙も分けていただいて使わせてもらっておりましたし、鈴鹿峠を越えて日帰りで型を見に来たこともございます。

細合さんには父が型を彫っていただいておりました。もちろん古くからの型も大量に残っておりますし、戦後仕入れた型もかなりの数が板場に置いてありました。
いまだに江戸~明治の型を持っておりますのと今でも和装の染色に携わっておりますので、今日こうしてお声をかけていただいた様な次第です。

現代に生きる「KATAGAMI」という事ですが、先ずお断りしましが、こと和装に関しては否定的なお話が大部分を占めると思います。
一番にお話しなければならないのは、和装の地盤沈下ということです。

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「室町」という風にこの業界では呉服問屋さんのことを総称しますが、表を御覧のとおり、1999年には2159億の売上げをしていたものが、2009年には798億になり企業数も303社が194社と3分の2に減少しております。

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生産反数も1999年には1,175,200反が2009年には552,600反、昨年度(2011年)は477,000反と最盛期昭和46年の2.9%まで落ち込んでおります。

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その中で型友禅は着尺(カジュアル)から振袖・留袖・訪問着といったフォーマルへと移行していきました。
型も展覧会にでておりまあした、1枚型や、2枚で型を構成するものから着尺でも10枚以上の型を使うものへと、さらに絵羽型(数百枚使用)へと変ってゆきました。当然型代も高くなり、型の利点である同じものを大量に作るという点を利用しなければ費用の回収が出来なくなって来ました。

しかし、昭和40年代後半からの和装離れ、ライフスタイルの変化によるフォーマル離れ等でロットは減少し、また、単価も下落→手間賃の下落→職人さんの生活苦→職人さんの離職。残るのは転職できない高齢者ばかりという負の連鎖はのこる職人さんの技量の低下も招き、その低下は扱いの難しい手彫りの型から写真版へ、さらに星合せの簡単なスクリーン捺染へ、さらにローラーの機械捺染、ついに全く職人技のいらないインクジェットの染色へと進んでしまいました。

いまや京都では手彫りの型(いわゆる小紋)をきれいに置ける職人さんは皆無ですし、スクリーン捺染でも多分数人(10人まで)しかおられないと思います。

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以上お話いたしました様な和装産業の中心である友禅の現場、また流通がこの様な状態である以上、当然その周辺の産業である染型の製作、染料材料、絹織物の生産等が旧来通り成立するはずがありません。
このままの状態では、そう遠くない将来、産業としての和装は滅亡してしまい、あとは文化財として見せる為だけの和装が残存するだけだろうと思っております。

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親しい同業者から聞いたのですが、東京に一軒だけ「羅宇」屋さんが残っているそうです。キセルの火皿と吸い口をつなぐ竹の管ですが、日本たばこが、旧専売公社時代にきざみたばこの生産をやめたのですから、道具としての需要は全くないはずです。そうはなりたくないな~と話されていました。

この様な世相の中で三好は型に何を見ているのかと申しますと、当社には先程もお話しました様に大量の江戸~明治の型が残っております。

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今年は、それを展覧会方式で一般の方に御覧頂く機会を作りました。東京と京都で約2300人の方々が私達の型を見て下さったのですが、多くの方がそのデザインソースの多様さ-何でも柄にしてやろうという昔の人々の発想に感嘆されておられましたし、その様な柄のプリントをほしいと仰る方も何人もいらっしゃいました。

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以前から経営の方向は大量生産に向けて型を使うのではなく「繰り返すパターン」として型を使おうという風に向かっておりましたので、この様な皆様の反応はまことに有難いものでした。
古い型をそのまま使うことは考えずデザインの源として使用し、また一反の反物に反復して柄を置く為にのみ-単品のためだけに-型を使用するその型は、別に渋紙を使う必要は全く無く、今でも木版・ステンシル(セロファン)・写真製版と多様なものを使っております。

今回弊社の型紙を再度見直し、自分たちの展覧会を行うにあたって江戸期の型紙が絹染だけでなく、木綿にも使われていたことを知って、とても心強く思いました。
何故なら我々の持っている技術と道具は高級品だけでなく、普段着に使っているもので、それなら将来もあるのではないかと思ったからです。

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